目盗り婆さんの弟子

 はあ、そうです。そうですよ!

 わたしが、そうです。本人ですよお。

あんたは、記者の方ですねぇ。わたしは、はじめて記者のひとってのに合ったよ。これ、本になるの、それとも雑誌かなにか?うえぶきじ?ああ、いんたーねっと。いんたーねっとはね、図書館で使ってるのを見せてもらったことがあるんだよ。なんだか色々出てくるでしょう。ぱぱってね、ぱぱって。すごいやいねぇ。

 いんたーねっとで、わたしのこと見た?わたしをしってる人とめぇる?めぇる?ふん、てがみ...いんたーねっとでてがみ?いっしゅんでねぇ。わたしをしってるひとって?いえない?ふぅーん、そういううもんかい。噂ね。ふぅーん。いんたーねっとってのはなんだかとにかくすごいんだいね。なんだか、魔法みたいでね!

 ええ、いやぁ、わたしは魔法は使えませんよ。あんたが何を聞いてきたのか知らないけど、魔法使いじゃありませんね。ただの目盗りですよ。目を盗るだけなんさ。

  そう、カラスがね抉ってきてくれるんさぁ。それは、魔法じゃないんですよ。だって、わたしは何もしてませんからねぇ。ただ、そうなんです。先代の目盗り婆さんの時代から、そうなってるってだけです。その前の、そのその前の、そのそのその前のそ、もっとその前からねぇ。

 目盗り婆さんてのは、前の目盗り婆さんがそうだ、っていってたからさ。名前?しらないよ、そんなの、ただの目盗り婆さんだよ。

 そう。ただカラスがわたしたちを馬鹿にした人たちの目ン玉を抉って、そんでね、そのキラキラの目ン玉をね、このわたしの手元にね、もってきてくれるんさね。なんで?どうして?どうやって?

 そりゃ、わかんないんさ。なんでか、そういう風になってんだから、しょうがないやいね。前の目盗り婆さんだって知らないんだから。誰も、知りゃしないんさね。ただ、わたしを馬鹿にしたり悪口いったやつらはカラスに目を抉られるんさぁね。

 そうそう、それでね前に町内会長さんの目をねぇ。あの人が、おーかわたしの悪口をいってきたんで。詳しくって言われてもね、それだけだよ、それだけ。わたしの悪口を言ったからカラスが町内会長さんの目を抉って持ってきたんだよ。それだけだよ。

 この目?左目?そう、これはそう抉られたんだいね。カラスがね突いていったんさね。そうさ。前の目盗り婆さんを馬鹿にしたから。

 わたしがちびのころで、えーと、6歳くらいのことだったか。100年は前のことだいね。えっ、そんなはずないって、わたしは70歳にもなってないだろって?いや、いや、そんなに最近の話じゃないんですよぉ。わたしは、そんなに若かないんさぁ!ええ?いや、いや、嘘つきゃしないよ...嘘じゃないよ。嘘じゃないっていってんだろぉ…

 とにかく、わたしは目盗り婆さんを馬鹿にしたんだ。あの時、目盗り婆さんは粗末な服をきてさ、ちょっと弱ってきてたんさ。200歳も過ぎたら仕方ないやいね。えっ、200歳のハズない?ああ、またそういう話...とにかく、とにかく、とにかく、聞いてくださいナ。

 

 

 わたしのうちは金もちだったよ。豪農っていうだろ。豪農。うちは、豪農だったんだ。おーかでっかい家に住んでたんさ。それで、目盗り婆さんはわたしが生まれるちょっと前くらいからウチの近くに住んでて、変な婆さんて評判だったけど、なんだか迫力がある婆さんだったんね。だけど、寄る年波には勝てなくて、調子を崩して婆さんはウチに食い物をくれないか、と頼みに来たんさね。それで、うちのおっとうと婆さんは玄関口で話していた。おっとうはウチにはあげてやんなかった。

 わたしとそれぞれ、23歳差のおにいたちがそれをみてた。おにいたちは、そっくりで双子みたいだったね。気味悪いくらい似てたんさね。

 婆さんは話しているうちに、急に身体をくねくねさせ始めた。婆さんは、御不浄を、そう、便所だよ、を貸してくれと言った。くねくね、もじもじしていたよ。くねくね、もじもじ...でも、おっとうは意地悪かったから、豪農の旦那様だ、っつんで鼻にかけてたからね、そうさなぁ、そうさなぁ、とかなんかいってすぐに許してやらなかったんさね。

 そうしてると、哀れな婆さんはぶるぶる震えて、そこでお漏らししてしまったんだいね着物に...じんわりシミが広がって。おっとうは、にやにやしていた。本当に、底意地悪い奴だったね。おっとうは。 そんでさ、にやにやしながらいったんさ、どうぞ、どうそ、御不浄に、どうぞ。

 その時、おにいたちがね、どっと笑って、やーい、やーいお漏らし婆と、言ったんさね。

 おっとうは、諫めもしなかった。ただ、にやにやしてた。おとうはそういうやつで、おにいたちをめちゃくちゃに可愛がってて、おにいたちも調子に乗ってて子供ながら立派にイやなやつらだった。わたしもいじめられてさ。

 婆さんは、こんどはぷるぷると小刻みに震えていた。ぷるぷるしいて、顔を真っ赤にして。その様子が、わたしにもなんだか、おかしくなってさ、おにいたちと3人で、やーい、やーいお漏らし婆と囃し立てた。おっとうも、ひひっと笑いだした。

 婆さんは、その時私ら家族をキッと睨んだんだ。そりゃすごい目だった。カラスの目だった。黒目ばかりで。黒々とした石みたいな。鋭い、喉笛をつついてぶっ殺してやろうか、っていうような。

 それに気づいたのは、わたしだけだった。わたしは、怖くなって、そこを逃げだした。後ろでは、おにいたちが婆さんを嘲る笑い声がずっと聞こえていたんだ。

 それから、3日後だった。カラスはがわたしたちの目ン玉を抉ったのは。わたしらは、ウチで朝ご飯をくっててさ、窓は開け放してあった。カラスが来たんだ。3羽のカラスが物凄いいきおいで、部屋に舞い降りて、あっという間に、わたしと、おにいたちと、おっとうの目ン玉をあの真っ黒な嘴でえぐりとって、それを咥えてとびたってった。カラスはね、その時人間の目をしていたよ。白目があって、黒目があって、賢そうな人間の目をしてたんさね。あっ、これは婆さんだ!婆さんの目なんだっ!て、わたしには分かった。

 そのあとは、阿鼻叫喚さあ。あの痛みときたら、その痛みは口では言えない。焼けるように痛いっていうだろ、焼けてるんだと思ったね、わたしは、生きながらに焼けているんだ、と。とめどもなく血が流れて、口にはいったよ。しょっぱくて生臭い。あんた、血の味わかるだろ?あの味だよ。あったかくて、生臭くて、気持ち悪くて、なんだか懐かしいような味がするんだよ。あの時の血の味は忘れないよ。わたしらは復讐されたんさ。婆さんを馬鹿にしたからさ。でもそれに気づいたんはわたしだけだった。そっから、家の近隣一帯ではカラスを殺すのが流行ったね。

 ああ、お茶も出してなかった。お饅頭も買ってたんだ。出してあげましょうねぇ。ああ、遠慮しない、遠慮しない。美味しい饅頭だよ。蒸かしてやろうね。

 

 

 そんで、なんだっけね?そう、目を抉られた後だね。わたしは、謝りにいったんさね。怖かったからってのもあるけんども。でも、反省したからだよ。目ン玉が片方なくなって、それまで言われなかったようなことを言われるようになったんさ。人間なんてひどいもんだよ。それでさ、わたしは婆さんの気持ちが分かったのさ、馬鹿にされるのは嫌なことだって。

 婆さんは、汚い臭い小屋に住んでてね。胡散臭げにわたしを見てたけどね。わたしが謝ったのを聞いてね、感動して、あんたは、いい子だねぇ、いい子だねぇ、カラスもあんたの目は抉らなければよかったのにねぇ、いい子だねぇ、としきりに言った。それで、あんたの目を返してやろうか、っていうんで、ビンにはいった沢山の目ン玉をもってきたんだ。こん中にあるかい?って言ってね。

 でっかいビンだったよ、あんたの顔の二倍くらいさ。目ン玉がびっちりつまってたよ。綺麗だったんさぁ。おーかきらきらしてさ。あんなに、綺麗なもんはみたことがなかったね。ちょっとずつ、色が違うんだ、模様も違うんだ。感動してたら、婆さんは他にもビンをもってきて、次々に別の目ン玉を見せてくれた。なかには、青い目ン玉もあったね。緑色のもあった。黄色いのもあった、銀色みたいなのもあったね。色んな目玉だよ。色んな人の色んな目玉さ。

 でも、わたしはあることに気づいてわっと泣き出した。切なかったんね。なにがって?だって、こんなに沢山の目玉があるってことは、そんだけ沢山の人間が婆さんを悪く言ったてことだよ。悲しいことだいね。婆さんは、怖いのかい?ときいたけど、わたしの心持ちを言ったら、わたしの頭を撫でてくれたよ。あんたは、いい子だね、いい子だね、人間じゃないみたいにいい子だね、ってね。あんなに優しくわたしを撫でまわしてくれた人はそれまでにいなかったね。

  そういうわけで、わたしは、目盗り婆さんに弟子入りしたんだよ。

 

 わたしたちは、全国津々浦々を引っ越してまわった。一つのとこにいると、生活の邪魔するやつがでてくるんだよ。女三界に家無し、っていうだろう。女所帯は暮らしにくいんだよ。目玉だけは増えていくんだよ。

 婆さんはちょっとずつ衰えていったんさね。最初から年寄りだったけんどもね。年々小さくなっちゃって、最後の数十年は寝たきりだった。数十年てのは、二十年くらいかね?えっ?また、歳の話なのかい?えっ?じゃあ、二年位でいいよ。二年だよ。

 とにかく、寝たきりだった。でも、婆さんは自由だった。カラス越しに世界を見ることができるようになってたから。空が見えて、野が見えて、海が見えて、人間の、動物の生活をいくらでも見ることができたんだよ。婆さんは、そうして下界を見ながらどんど小さくなっていって、赤ん坊みたいになったから、山羊の乳を飲まして、身体を拭いて、ゆすって、おしめを替えてあげたんさぁ。

 さいごには、もっと小さくなって親指ぐらいのなんだかピンク色のぶよぶよになったから、海にそっと戻してやったんだ。生きてるもんは、みんな海から来たっていうくらいの知識は、わたしにもあるんだよ。誰かに聞いたよ。生き物は海から上がって四苦八苦してんだって。海ってのはしょっぱくて、ありゃ血と似た味がするね。涙やお小水も似た味がするねぇ。海から来たなら、海に返すのが道理だろう。魚にくわれれてないとよいけどねぇ。ええ?

 ああ、そろそろ饅頭が蒸せてるだろうね。もってきてやろうね。

  饅頭が温かくなってるよ。お茶はもう一杯いるかい?ええ、あんた、溜息ついたね。嘘つきっていったね?ええ?頭がおかしいって?わたしゃ、地獄耳なんだよ。聞こえてるよ。ああ!!あんた、舌打ちしたね!そんなことを!よくも、まあ、家に招き入れていれてくれた人間にそんなこと言うね。心の内で思うならともかくさ。

 あっ!またそんな口たたいて!あんた口が悪いねぇ。あんた、後悔するよ。だって、ほらそこにカラスがいるからね。かぁーかぁーかぁーって、いってるだろう。あ、鼻で笑ったね。

 ああ、カラスが来てるね。あれさ。ほら、凄い勢いで飛んでくる。あいつがやるんだいね。あんたの目を抉るんだいね。ああ、もう来たね。窓のそとに来たね。

 ありゃ、ありゃ、ありゃあ。ふふん。あはははははは!もう遅いね。あははははは!あっはははははははははははは!包帯をもってきてやろうね。ええ?はは!そうかい、そうかい。あはっははは!